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最近仕事楽しい上にやりやすくて、残業がたまるようになってきた・w・
年々頼られるようになってきてる実感もあってやりがいがあるし、全てがいい感じにまわっている。 室内教育イベントも立ち上げたり、周りにいい影響が出せてきている。 影響力や信頼を増していくには、 ・自分の力を上げる ・自分の力を知ってもらう ・他にその力で貢献する というような事を地道に繰り返していくしかない。 少しずつ積み上げた実直さが評価されるのだ。 そしてそれを崩すのは ・時間を守らない ・不遜な態度にでる とか、人間的な所である事も意識しておこう。 マイナス要素を0にして、プラスを積み上げよう。 小学校の先生が言いそうな事を書いてしまった。
電機メーカーの赤字額が半端ない。
リストラしている人数も凄い事になっている。 自動車業界は、今はまだ戦えているが、今後はどうなるか。。まさに、明日はわが身である。 今のうちに武器を、専門分野の深い知識と知恵を、総合的な知恵を・・・etc そういうものを少しでも多く手に入れておかなければならない。 ついでに、それを実績として発信できないといけない。 特許・論文・資格とかか? いずれにせよこつこつやらないと手に入らないものばかり。 要領の良さにかまけて、あらゆることに対して手を抜いていた時代を猛省しなくてはならない。もっと真理に対して真摯であるべきだった。しかし、その時代があるからこそ、「深い知識見識を持つこと」の尊さが感じられるようになったので、それはよかったのかなとも。 学ぶ事・知る事をやめたら、その時点で思考も緩やかに死んでいく。思考を常にアップデートし、レベルを上げるために、学び、知り続けなければならない。
学生の時学んだ最大の事は、セルフコントロールのやり方だ。
「ここまでは無理しても大丈夫」みたいなラインを知る事、それに近づかないためのやり方を身につけること。 こればっかりは極限まで追い込んだり、精神的に死にかけたりしないとわからんと思う。 病んで会社を休む、あるいは去っていく人が結構な数いるけど、他人事ではない。 学生の頃、絶望の淵を見た経験がなければ、自分もそうなりえた。
米村君が和田君のお姉ちゃんと結婚したらしい。
僕の感想「友達の姉っていう選択肢は有りなのか・・?」 母の感想「弟の友達って選択もあるのねえ」 なるほど、同じ話を聞いても男女で目線が違う。 「フロントホックってなに?」ってきくと、 女性からは「前で"留める"やつだよ」 男性からは「前で"はずす"やつだよ」 って返ってくるという話と同じだ。 「前で"留める"やつだよ」って返す男いたら近づかないほうがいいな。
費用対効果とか、最安値とか。
とにかく最低限のコストで手に入れるのが、賢い消費者として持て囃される時代。 それは、人の学びに関しても似たようなところがある。 親が子供を塾に通わせるのも 子供がテスト前に「勉強全然してないわー」と叫ぶのも とにかく最低限のコスト・痛みで最大の効果効用を得ようとしている、得ているように見せたい、からではなかろうか。 ここでいう効用効果とは、成績であったり学歴であったりそういうものになるだろう。 このような価値観においては、 成果/時間 成果/能力 を最大化するような場合に賢いという評価になる。 究極的には何もしない、アホが賢いってことになってしまう。分母が0なら極限無限大だからね。 いわゆる「働いたら負け」が究極系かもしれない。 とんでもない話になってしまったが、このような考え方は一般に広がってきているように思える。 自分も「帳尻あわせ」とか「最低限の努力でなんとかする」とか言ってた時代もあったし。 このような世界で「適性」や「適職」と言う言葉を考えた時、それは本当の意味で「適」なのか?と思ってしまう。何となくだけど、最低限の力で最大限の効果が得られるような方向性が「適性のある方向性」とされているような。 いや、それは適性とは表現されちゃいかんだろう。 もっと考えよう、血反吐はくくらい考えて、それでも理解できないなら諦めよう、いや諦めないで考えよう。 それを色んな対象について繰り返しに繰り返して、漸く他者とは違う自分の強み=適性が見つかるんじゃないのか。
招待状は印刷まではホテルに頼んで、宛名書きは自分でやることにしたんだけど、これが地獄。
自分の字の汚さと向き合う、いまだかつてない罰ゲームっ。。。 とりあえずミスってもいい富田あたりから書き始めようと思う。
最近とある集まりの議論を見学したんだが、その時一人物凄い人がいた。
あらゆる議論に対して、本質を突いた意見をスッと述べる。 まあそれだけなら普通の頭いい人なんだけど、そのタイミングが凄かった。 一つの話題に対して、どうでもいいような意見が飛び交う。 大体飛び交ったところで「この話は~~という点を無視していて、これが可決した所で何の意味をなすだろうか」というような具合に、ばっさり斬っていく。 このばっさり斬るタイミングが見事で感動を覚えた。一つの議題に対して一度しかコメントしないのに、全体を支配しているようにすら思えた。 僕の場合、何も考えずバッサバッサ斬ってしまうか、逆に遠慮して言いたいことを言えないままなことが多い。ばっさばっさ斬っては敵が増えるし、反感をかって中々纏まらない。何も言わなかったら得る物がない。難しい。 交渉・折衝・説得、いずれにせよ相手が人間である事を忘れて、理屈だけを見ていたら手に入るものも手に入らないな。 研修が終わる時、人事と喧嘩したんだけど、 その時最後に言われた「正論は時に人を傷つけるから気をつけなさい、時にはオブラートに包みなさい」 この本質は「タイミングを考えよう」だったんだろうなあ、と。 相手の立場を慮りつつ、自分の意見をうまく通していく術を身につけたい。 タイミング、駆け引きの重要性。時間も自分の武器として使えるようにならなくては。
IQが高い(=地頭がいい)ということは、あらゆるものをうまくやれる能力があると言う事。たとえば、数学も国語も体育も音楽もうまくこなす。
スピアマンの研究によって、「IQというものは存在している」ことが統計的に確認されている。 難しい問題を解いている時だけ働く、脳の部位(前頭葉前皮質?)がある。その部位は、脳の資源管理をしている部分であり、その活性度がIQに相関がある。 一方で、成果は地頭に関係がない。 成果は才能に関係がある。 IQは一般的知性であり、脳の一部分の強力さでしかない。 才能というのは、脳の複数の部分の組み合わせから生まれるものであり、脳の偏りである。 ------------------------------------------------------------------------------------------------- ここまで茂木健一郎氏の講演から要約 脳の偏りとは何ぞや 才能とは何ぞや 正直わからん。 しかし、僕はこれまでの人生の中で、天才と思われる人を観察していて一つの結論を得ている。 天才というのは、単純に"愛のある人"であると。最早偏執狂といってもいいほど、才能を持つ分野に対して愛がある。そう、才能は愛によって生まれるものなのである。 その事をずっと考えていてもストレスがなくいられるから、ずっと考えている。それにかける時間が膨大になる。無意識のうちの経験が才能を形作っているのだろう。 では、愛がなくても戦略的に才能を手にするにはどうすればよいだろうか。 僕は恐らくどんなモノにも、どんな作業にも、どんな仕事にも、どんな学問領域にも愛を貫くことができない。ある程度知ったら他に気が移る。天井が見えるとやる気がなくなる。 こんな人間でも才能を手にすることはできるだろうか。 このような視座に立ったとき、「ミケランジェロは強靭な記憶力を持っていたので、他の人の作品を借用しているなどと誰にも気づかれないような方法でそれらを利用する事ができた」というジョルジョ・ヴァザーリの言葉は示唆的なものを含んでいる。 卓越した成果を残すためには、記憶力を要するが、その際記憶すべきは、美術の語彙とも言うべき多数の作品の示す夥しい量のイマージュ=言語であると言う事。 このような豊かな潜在的記憶の層が創造性の発動の基盤を提供する。 効率よくイマージュ=言語を蓄積する事で、見せ掛けの愛を作り出せないだろうか。 続きは気が向いたら。
一般的に"難しい"とされている事が、本当に自分の尺度で難しいのか、という事はいつでも疑ってかからなくてはいけない。
一般的に理解するのが難しいとされている だから恐らくこのくらいのハードルだろうと考える そのつもりで取り掛かる この時点で結構ロスがある。 気持ちの問題なんだけども、結構違う。 世の中の学問はある程度バカにしてかかったほうが習得が早かったりする。
今年もぼちぼち終わりました。
大学の時カケラも勉強してなかった電気の世界に飛び込み、苦労も多かったけど、やっとひとり立ちできたかなぁ。余裕もでてきて、本社の仕事の肩代わりとかもしてる。 結果、どんな仕事が来ても対応できるという自信がつき、未知の領域をどうやったら効率的に開拓できるかも感覚的にわかってきた。 鍵は"先達の使い方"と、"自分のモチベーションの維持方法"。 このまま順当(?)にいくと、来年4月くらいから上につく人が変わるみたいだ。 その人は超仕事できて、自分にも他人にも厳しい人。 今まで下についた人の中にはストレスで倒れたりしてる人もいるくらい。。 若干心配だけども、"僕で駄目なら誰もついていけんだろう"と強く開き直り、何とかうまくやっていきたい。 結局、自分の分相応にできることしかできないんだから、自分のペースを崩さないのが大事。 来年も頑張らない人生を送ります。 < 前のページ次のページ >
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